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       トラブル発生.........

「福江に行ったら出口さんを訪ねてください」
 高原さんからの伝言だった。
 お会いしたら、さっそく出口さんからお薦めのポイントの話が飛び出した。
 これが「P-314」だった。近くなのだが、登り道が狭く、4駆の軽トラで荷物を積んでやっと上がれる状態だ。
さらに頂上直下の急勾配の直線の山道の路面が荒れ果てて油断ができない。頂上に到着すると、信じられないほど平坦な草地で、開けたロケは見事だった。
 ひとめで気に入った。連れてきてくれた出口さんが、用意してきた草刈り機で設営場所をつくり出してくれた。
山麓の五島カントリークラブの駐車場に置いてある車から、藤原さんの軽トラで一気に機材類やアンテナなどを運び上げた。
 テントだけを張り、アンテナなどの作業は翌日にやることにして山を下りた。

幻の山「P-314」を遠望しながら、秘かに
リベンジを誓った。きっと、ここに戻ってこよう。
次回はドジらないぞう。

 翌24日、朝から山頂で作業に取りかかった。
 アンテナも組み上がり、マストパイプも立ち上がり、夕方近くから、テスト運用という段取りになる。
発電機を始動、ローテータの回転もチェック、テスト波を発信し始めた。
 ところが、どういうことか、変調に「回り込み」現象が発生している。悪いことに、ローテータの動きがおかしい。
動きが断続的で、どうやら接続ケーブルの不具合のようだった。ひょっとしたら断線しかかっていたのでは
ないかと疑う。万が一の場合には、手動による操作しかないと観念する。さて、「回り込み」はどうするか。
JE6DYV局、松尾さんからも、回り込みのアッピールが入る。
 今までの運用でも似たような現象は起きたこともあるが、トランシーバやマイクの位置のセッティング、
遅延回路への配線などをチェックすることで解消できていた。7K3MFL局、中村さんにメールで連絡、
お世話になっている OM局からのQSPを転送していただいたり、慌てた場面が続いた。
単なる不注意が重なったミスだったことを反省しなければならなかった。
 結局、「回り込み」は解消できずに終わった。テスト波がなかなか出ないのを案じて藤原さん、出口さん
各局が、夜道を再び上がってきてくれた。
 慣れない山道で、路肩でもみ外してトラブっているのではないかなど、大変心配をかけてしまった。
 とにかく山麓の駐車場へ戻って、明日以降の対策を検討することにした。

 とうとう運用を中止せざるを得ない事態になった。無念であるが覚悟した。
 翌朝、藤原さんが駐車場に来てくれた。「さぁ、どうするか」だった。
 藤原さんの口から気象情報と対策について話しがでた。運用条件が更に悪化する情報だった。
あの山道は雨が降り軟弱になれば、上り下りも厄介なことになる。
確かに気象予報は、夕方から夜にかけ、数日間は激しい雷雨になるかも知れないとのことだった。
すると、例え4駆の軽トラでも難渋するにちがいない。万が一車で下山できないことになれば、徒歩で駐車場
まで戻らねばならない。
 ラインナップの不具合もあり、更に運用条件が悪化すれば、これ以上の無理はできない。
 そして、運用を中止しを決断した。、機材類を撤収し、明るいうちに駐車場へ戻れるようにすることにした。
手伝ってくれた藤原さん、出口さん各局には、まことに申し訳なくおもう。 こうなれば、残る運用は、諌早市の
「五家原岳」で、だけになり、はたしてそんなり立ち直れるか、どうかになる。
 今後のメンテナンス次第でどうなるかわからないが、何か方法はあるはずだ。
すべて佐世保へ行って松本さんと相談ができれば、それからにしようと決めた。

 福江島での運用中止は、7K3MFL局から各局に直ちに伝わったはずだ。
 米子のJR4MDA局、大村さんからも励ましのメールが届く。
  
 突発事故などで運用を中止したのは、2002年の北海道。礼文島での突風でアンテナが倒壊し、2列2段の
アンテナの下段の後部が破壊し、テント内に吹き込んだ豪雨のためテント内部の安定化電源が2台とも冠水し
使いものにならなくなって以来のことだ。今回のトラブルはは劣化し始めているトランシーバの終段、そして
遅延回路などへの配線の処理、マイク絡みの配置など、いくつかの原因が重なったようだ。
そして、ローテータの回転の不具合は断線しかかっている接続ケーブルだったことが判明した。
点検の不備につきる失敗だった。

 藤原さんにお礼を云った。
「誠に残念でしたが、今回は中止にしました。本当にご苦労をおかけしました」
「しかし、かならずリベンジのために、福江に戻ってきます。よろしく」
 心のなかでも、再度、「P-314」での運用を決めてた。
「ご面倒をおかけしますが、またよろしくお願いします。本当にありがとうございました」
 とんでもないことだったが、出口さんにも大変お世話になりました。お店でお茶を頂きながら、話がはずんだ。
「いつでも、またお出かけくださいね」
 有り難い言葉だった。
 
 一路、通い慣れた道を福江港をめざし走り出した。
 7月28日、午後、長崎港へのフェリーが、静かに、福江島を離れた。

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