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| 東京港への帰途、年に一度だけ小笠原丸が八丈島へ寄港する。ここから羽田へ飛んだ。 |
地元局・大野さんが遊びに来られた。50メガでのアクティブ運用のベテラン局。 |
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| 当時の小笠原丸は3500トンの船だった。下見をいれて二往復、4000キロの船旅だった。 |
急傾斜地に立つ28エレ4列2段のアンテナ。こんなところにどうやってビッグアンテナをたてたのでしょうか。 |
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| バナナ畑を抜けて毎日通った小道。荷物を担いで歩いた、苦しい思い出の道だった。 |
強い紫外線に焼けたテントのフライングシート。全山イエシロアリの巣窟だった。 |
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| 三日月山の展望台の遠景。運用地は写真の左手の中腹になる。 |
みごとな夕焼け、翌日24日にビッグオープン。快晴続きの真夏日の毎日だった。 |
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| 八丈島の中継局のアンテナ。16日初めての交信は霧の中だった。小笠原からの信号に「万歳!!」 |
JK1JPF局以下4局、交信成立に大満足。小笠原からの信号のみごとな中継、乾杯、乾杯だった。 |
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