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      運用地の情報...... .

 健かな想いをこめて、再び長崎への旅に出かけることになった。
 県内でアクティブに運用を続けている佐世保市在住のJR6END局、松本さんに、さっそく連絡を入れた。
福江島での運用も実績があり、是非、情報を聞いてみたかたった。かって運用した場所のことや島内の各局を紹介してもらった。
 以前に福江島を訪ねた折に会った局は、今ではタワーもアンテナもなく、運用もしていないようで、何回か自宅に電話を入れてみた応答がなかった。
 松本さんが、福江 在住の各局を紹介してくれた。JA6KHL局、藤原さん、JA6OOM局、庄野さんだ。
各局とメールをやりとりしながら候補地の検討を始めた。まず松本さんが運用した場所について、その後どうなっているか、藤原さんに調べてもらった。松本さんが運用された当時から時間が経過しているので
不安だったが、やはり的中した。山頂に近い数キロの登山路が生茂った木々で進路がふさがれていて、軽トラの4駆で荷物を満載して登るのは、ほぼ不可能との判断になった。

松本さん各局の応援がなければ、この
五家原岳での運用はとても無理だった。
その情熱と友情に感謝だった。

 それでは、とりあえず現地へ到着してから、あらためて相談することにした。
 何回かの松本さんとのやりとりで、福江島の後で運用する、もう一つの運用地として、長崎県と佐賀県
の県境で、五家原岳(海抜1057m)を薦めてくれた。
 「あそこなら1エリア方面へも問題なく飛ぶよ」と、心強いアドバイスだった。
JN6BAI局、石橋さん共々、松本さんが運用したベストポイントのようだ。メールに添付された画像からも
十分にイメージできるロケーションだ。山頂付近の車を停める場所が狭く、車で上がってくる観光客が
あるときついかも知れないとのことだった。
 山頂から100m程下った場所で、海抜で20m低くなるが、数台の車を駐車できる場所があるので、
そこの方がいいのではないか、ということだった。

 日程も決まり、予約したフェリーで東京港を出発したのは7月17日夕刻だった。
新門司港行の大型フェリーがゆっくり岸壁を離れ、東京湾を滑るように南へと走り出した。
川崎、横浜、久里浜方面の街の灯が輝いていた。 
 出かける前日まで、何かと忙しかったので、船内で休息しながら九州へ向えるのは有り難かった。
寝台に横たわりながら、いつの間にか寝込んでしまった。

 19日深夜、フェリーで博多港から五島列島・新上五島町ヘ渡る。中通島、若松島、二つの島を
北から南へくまなく歩き回った。野営地をさがしながら、点在するキリシタンの教会堂を訪ねた。
一方、無線運用は、HF帯でデルタループアンテナからのんびり各局とお相手をいただくのが日課だった。
 22日朝、早いフェリーで、いよいよ目的地の福江島へ渡った。
 久し振りの福江島だった。福江港の桟橋が見事に整備され、港湾の施設も見違えるほど立派な
建物に変わっていた。
 ゲートが開いて埠頭に降り立つと、待ち構えていた藤原さんが、私たちを目ざとく見つけ駆けよってきた。
初対面だったが、気さくに挨拶をいただく。
「じゃ、さっそく行きましょうか」
「そうですね。よろしくお願いいたしますね」 
 まもなく地元のJA6OOM局、庄野さんが見えた。藤原さんの先導で、松本さんが運用した山を目指す。
山頂はレーダー施設があった場所で、特殊な地域で地図上では名称も伏せられている。
近くまで山道を登り詰め、遠方に山頂らしきピークが見えるポイントまで行けた。ここから数キロの道程が
荒れ果てていて、やはり行くのは断念した。市街地へ戻り、鬼岳周辺を探してみた。しかし、格好の場所を
見つけられなかった。
 同じ福江の地元局でJQ6FIW局、出口さんに会うことになった。じつは、出口さんを紹介してくれたのは、
長崎市内に住むJA6AGP局、高原さんだった。以前にHF帯で交信したことがあったが、再会のきっかけは、
私のフレンド局で同じ市内の7N4OHN局、中村さんだった。
 HF帯でアクティブに運用する同局が高原さんと交信した折に、私のことがたまたま話題になったようだ。
中村さんとは430メガFMでの仲間なので、高原さんの話しが伝わったのだ。
 そんなご縁で、今回の旅の打ち合わせをメールでさせてもらった。高原さんは福江島の出口さんを紹介
いただき、福江島では情報を頂いたり、運用地への案内などでお世話になった。
 各局の素晴らしいネットワークでこの運用も助けられていることを痛感する。

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