旅立ち7日目
2006年7月18日
 「お父さん、凄い雨だよ。大丈夫かな」
彼女が耳元でつぶやいている声が、夢うつつの中で聞こえていた。 車にたたきつける雨粒の音から、普通ではないことを知った。 フロントガラスを流れる雨水の様子が只事ではなかった。
 いつもの通り、建物やトイレから離れた場所に車を停めているので、 なんとか車を動かし、建物の脇に寄せて、激しい風を避けたかった。 車を動かすには、運転席に積み込んだ発電機やテレビを助手席へ移す しかない。いきなり車外に出てはずぶ濡れになるだけ。手もとに用意 してあった雨合羽と長靴をとりだし、狭い車の中で身につける。あとは、 助手席のヘッドレストを外し、イスを後ろに倒して、運転席にある荷物を 移動。必死の思いでやっと運転席に座り込む。
 外に置いてある脚立や水タンク、ガソリンの予備タンクなどはそのまま にして、車をゆっくり発進し、建物に横付けできた。家内が雨しぶきのな かトイレへ駆け込んだ。

 道の駅に駐車している各車も同じように難儀している。ラジオが時間当た り50ミリから100ミリの豪雨警報をつげていた。鳥取、島根方面に大雨洪水警 報が出た。とんでもないことになった。
 昨日、傍の河口でみごとなスズキが釣れていたが、その川も泥とゴミ混じり の濁流になり、宍道湖に流れ込んでいた。見ていると、こんな天気にもかかわ らず沖へ出る漁船がいた。一体どんな漁になるのだろうか。広々とした湖面は たちまち褐色に濁っていく。
 激しい嵐を避けながら、建物の陰でやっと朝食の支度を始めた。階上のカフ ェが開店したようなので、脇の階段から上がった。テーブルに運ばれたアメリ カンの香りが懐しかった。どうするか、行くしかなかった。 昨夜から、近く に泊まっていたキャンピングカーも思案しているようだった。道の駅前の国道 に交通整理のお巡りさんがいて、なにやら指示している。どうやら、国道と並 行して走っている一畑電車の路線に事故が起きたようだった。松江方面からの 車の流れが途切れた。きっと土砂災害だとおもった。後でテレビを見て、それ が当たっていたことが分った。
 湖面の水位が上がるとこの国道も冠水するかも知れない。そうなると、閉じ こめられてしまうことになる。早くここから脱出する以外になかった。朝食な どどこに入ったかわからないうちに、慌てて出雲方面へ走り出した。
 幸い路面の冠水もなく、雨の出雲大社に着いた。風は弱くなったが、雨の降 りは同じだった。久しぶりの出雲大社だったが、参拝者は極く少なく、あの広 い境内は閑散としていた。
 駐車場へもすんなり入れた。大社は折からの遷都の大移転のため、現場は建 造工事でごったがえしていた。完成した姿が見られないのは残念だが、また訪 れることもあるだろう。 大社前のそば屋に入ったところで、横浜の7K3MLF局、 中村さんから携帯に連絡があった。出雲市内のJR4HBM局を是非訪ねたらという ことだった。市内の和菓子司で、父親も無線のOM局であられるとか。
 カーナビを頼りに訪ねた。横木さんだ。最近、地元各局とともにアクティブ に430メガを運用されているようだった。親御さんの仕事を継いで菓子司に励ん でいるご夫妻の出迎えをいただいた。お茶菓子をいただきながら、さらに風呂 までいただいてしまい恐縮だった。温かい見送りの中、私たちは浜田へと向かった。


横木さん夫妻
 これからの目的は、津和野だった。大田市、浜田市を抜け津和野への山道へ 入り込む。ここで日本海とはしばらくお別れである。
 鎌倉時代に築かれ、大変栄えた津和野城を中心に津和野の街並みがあった。 雨のため訪れる人も殆どなく、JR津和野駅前の観光案内所も手持ちぶさただった。 20年以上も前に訪れたことがあったが、街並みも含めて、あまりイメージは変っ ていなかった。メインストリートの石畳が綺麗に整備され、商店街もなんとなく リニューアルされた感じだった。

 この街で見たかったのは、最近開館した「安野光雅美術館」と森鴎外の「記念 館」だった。この街で生まれ、育った安野さんの画風とタッチがとても好きだ。 丁度、駅から近くにあったので見学に行った。この街の名誉町民でもあり、町立 美術館として、洋和風を取り混ぜた建物が素敵だった。彼の生い立ちから始まって、 殆どの有名な作品がオリジナルではなかったが展示されていた。ロビーに置かれた ピアノが一台、何か記念の行事に演奏されることもあるのだろうか、印象的だった。


グランドピアノ
 今日は、この街はずれにある道の駅「津和野温泉なごみの里」でお世話になるこ とにした。温泉が併設されていて、明るく素晴らしい設備と庭風呂など、これで500 円は嬉しかった。出雲でお土産にいただいた和菓子をいただきながら、お茶を楽しむ。
 気分が良くなったところで、先程の街へ戻り、やはりこの街の出身の偉大なる文豪、 森鴎外の記念館を訪ねた。時代に翻弄されながらも、生涯筆を執り続けた足跡を改め て知った。玄関のプロムナードの曇りガラスが美しかった。
 風情豊かな城下町は、街を流れる津和野川と共に、山城の裾野の谷にひっそりとし た佇まいだった。
 山口線の列車の通る音が、谷間に心地よく響いていた。